Rosaの旅路

アウトサイドもインサイドも。多趣味な19の私が綴る、日常・思ったこと・体験・旅行等の日記です。

自己紹介:趣味③ 旅行

旅をすることは自分自身を豊かにすること

 

3つ目に紹介する私の趣味は旅行です。

…もしくは、自分自身から計画して旅行したことはまだあまりなく、これからしていく予定なのでこれからの趣味と言うべきかもしれません。

これまで行ったことがあるところ

以下が行ったことのあるところです。まだまだこれからも広げていきたいです。

 

国内(21/47都道府県)

大阪・奈良・和歌山・京都・兵庫・滋賀・三重・沖縄・千葉・福井・愛知・石川・長野・福岡・山口・広島・北海道・東京・大分・愛媛・島根

 

海外(5カ国6地域)

・韓国(2005.01)

・中国 (2009.02)

・グアム (2010.02)

・カナダ (2012.08)

・アメリカ ミシガン州他 (2013.08-2014.06)

・韓国 (2015.03)

インドネシア バリ島 (2016.01)

・グアム (2016.03)

・アメリカ ミシガン州 (2016.08)

 

このブログでは回想録や旅行記も載せていくのでたくさんの人に読んでもらい、今後旅の参考にしてもらえるようなものにしたいなと思います!

 

 

 

ここで予告です!!!

3度目の韓国、なんと独りで一周してきます…!

是非是非、記事も楽しみにしていてくださいね〜!

「なぜ私の言語力が伸びたのか」考察…背景②

大人の会話にはいりたい…!

 

会話面

家族でいるときは食事中に会話することが多かったのですが、いつも話しているのは知識の無いこどもにとって聞いても内容のわからない難しい話です。

両親は多分、仕事のこと、人間関係のこと、テレビのニュースでやるようなこと等、自分たちの難しい話をしていたので私は入る隙もありませんでした。

つまり悔しさたっぷりの子供目線でいうと、自分は実の親に言語という武器で遮断されていました。

ですが私も立派な家族の一員で、同じ人間であるのですから、同じだけの時間をもらって発言の場に立つ権利はあると考えていました。

アニメのアンパンマンでは、あの犬のチーズでさえ無視されず「ワンワン」と毎回時間をもらって言わせてもらい、聞いてもらえるような人権…犬権があるのですから、自分も発言したときには必ず真剣に聞いてもらいたかったのです。

他人の言葉を遮って喋るなんて御法度だ、どうしてうちの家族はアンパンマンを見習って1人ずつ話すような家庭でないのか!と文句したこともあります。

もちろんその時に語彙力はないので、

「なぁなぁ聞いて!なんかさー、アンパンマンみたいにさー、一人一人がさー、喋った方がいいで、なんかさー、いややねん、お父さんが喋って、お母さんが喋ってたらさ、話長いしさ、Rosa入られへんし、みんなで言ったら聞こえへんからさー、お話みたいに一人終わったら待ってからさ、喋ろうよー」のようにしか言えてなかったと思います。

 

聞いてもらえない理由はもちろん自分でもわかっていました。

大人にとって私が話すことは所詮「こどもっぽく」て「影響力も無い」「どうでもいい」そんなものだったのです。

「なぁなぁ聞いて!」と言っても、それで上手く話さなかったり内容が「しょうもなかったり」話が長かったりすると大人は無視して大人の会話を始めてしまうのです。聞いてとねだっても「後でな」「うるさい」「あんたの話長いししょうもないねん」とストレートに言われることもありました。(関西人はお話に厳しいのです。笑)耳を傾けてもらえるほどの表現をすることができなかったことがもどかしかったですね…

 

 

文字面

自分を遮断し続けるもの、それは漢字。平仮名・カタカナは母親が幼稚園の入園前に教えたことで自分で読めるようになりましたが、やはり漢字は複雑で大人が使うものであったため、憧れもありました。

 

昔から私はものを読んだり書いたりするのが好きで、幼稚園の頃、特に年少の時、毎日長文のお手紙を書いては先生や友達に渡していました。

年少の時ある先生に渡した手紙では、途中まで普通の文章を書き、便せんの半分以下は「かんじ→◎▽×&*…」のようにして、複雑で漢字っぽく見える「ぐちゃぐちゃ」文字をたくさん書き連ねたことを今でも覚えています。

その時の便せんは便器によくあるような色味の水色だったと思います…そして書いた後には「かんじかけるのすごいね!」と先生に褒められることを期待する自分と、どこか客観的で当時の自分をも「しょうもない」と軽蔑するような目線の自分(「未来の自分」という様に言うこともできるのかもしれません)などの複数の視点から自分の行いを見ていて、複雑な感情に陥ったりしていました。なぜか昔のことを今もよく記憶していますし、思い出すと当時と同じような感覚に浸ることができます。

このような例が残るように、当時から漢字への憧れは強かったのです。

 

ですが漢字は幼稚園の間もずっと誰も教えてくれず、読めないもどかしさを味わい続けました。

そんな時、年長の真ん中くらいにさしかかると「入口」「出口」「上」「下」など、自分の名前以外にも漢字を書ける子が出てきました。お絵描きの時間、駐車場の絵を書いていたK君が自分の絵の中にそのような漢字を入れており、より現実味が増した描写ができていました。私は雷に打たれたような気分になり、漢字を習得したいと言う思いを一気に駆り立てられました。

「早よ漢字全部読めるようになりたい。いちいち漢字見て大人に『あれってなんて書いてるん?』なんてきかんで済むし、周りの子にもすごいって言われる。」

 

その日から少なくとも数日間は、食後に父親の膝に乗っては「知ってる漢字全部書いて!教えて!」と新聞紙の余白に毎日10個くらい書いてもらいました。

(だからといってその時に全部カンペキに覚える訳ではないのです…見て、ふ〜ん!といって自分の目に一度触れさせておくことが大切だったのです。笑)

 

 

 

まとめ

 

「大人の話ができるようになったら無視されへん」

「私を遮断し続ける、あの難しい文字、漢字がわかったらその輪の中に入れる」

「そうしたら小さい子がそんなんできるって、なめやんと自分に興味持ってくれる」

 

自分の中でそのような思いが積もった結果、学習意欲が出て、習得をしていくことになりました。

大人の人たちになめられたくない、早く大人になりたいと思ったことと、大人から得る知識や情報が新鮮だからもっと色んなことを知りたいという意欲が増した結果だと思います。

 

このことは後々からようやく学び始める小学校での漢字の学習に於いて大きな成果を見せました。その時から書き順も絶対に正しく覚えることを心がけて1つ1つ取り組んだので、その小学校の時期に習った漢字については今でも細かいところまできっちり覚えられているのではないかと思います。

「なぜ私の言語力が伸びたのか」考察…背景①

言語が持つ性質を幼少より日常で活かしていた!

 

私は小さい頃弟とたまに交換日記をしていたのですが、それを親に見つけられて読まれては「こどもだなぁ、可愛らしい」「こんなことを考えているのか」などと、直接言われなくても大人に「見下される」ことがどうしても嫌でした。

 

そこで私は日本語の単語や助詞を、別の平仮名(単語)に変換して作る新しい言語「りし語」を作成しようと思い、創り始めました。

 

(言語を自作することについて、きちんと自分がこのことを記憶するまでに仕上げたのはこのりし語が初めてでした。)

(もちろんそんなおままごとには弟は長く付き合ってくれず、また私も途中で投げ出してしまったのですが…)

(そしてそれを書いた表も何処かに行ってしまい覚えてもいません)

 

しかしながらその後、平仮名だと変換パターンを掴まれて読まれるかもしれないことに危機感を持つようになったため、今度は独自の文字を作る試みを何度かしました。

①速記文字のように、平仮名や頻繁に使う単語を対応させたような線や点を組み合わせたもの

象形文字的なものに敢えて全く関係のない意味を持たせて(例えば、団子の形をした文字に「掃除する」という意味を持たせる)決して解読できないようにしたようなもの

これら2パターンを併せて使う言語にしました。しかし途中で再び投げ出したので完成することはありませんでした。

(やりたいことがたくさんありすぎて、そのアイデアを忘れる前に少し形に残しては次のものに移ってしまう癖が今でもあります…興味の範囲と深さに対して記憶や時間の面で容量・要領不足なのです!笑)

 

小学校高学年になった際には、独自の文字を完成させるまでの時間と根気がなくなったため、効率よく既存の文字を使おうと、図書館に立ち寄ったときに見つけたネパール語の本を借りてテーヴァナーガリー文字で表記するようにしました。

何故この文字を選んだかというと、例えばハングルだと隣国の文字である為読める人が日本には多くパターンを掴まれやすいと判断したからです。アラビア文字でも良かったのですが、繋げ方による書き方の違いを合わせるとたくさんの数の文字を結局覚えなければならないこと等を考慮し、ある程度メジャーでありながら形がシンプルでマイナーなこの文字を選びました。(もちろん弟は解読さえ面倒くさくてしてくれませんが…笑)

 

このように、大人を遮断して姉弟間のみでコミュニケーションを取る為に行ってきた行動が言語を習得していく過程に繋がったことは間違いないと思います。

 

もう1つ、ただ大人を遮断するだけでなく、逆に同世代または年下を遮断して大人とコミュニケーションを取る為に行ってきた行動もありました。アルファベットを使ってローマ字表記をすることです。このことは、大人と自分の結びつきや、学びへの意欲、自分の自信等多くのことにも繋がっていったと思います。

 

ローマ字表記については幼稚園の時、祖母と母がパソコンのメールでやり取りするのが羨ましく憧れであったため、自分でメールを打ちたいと思ったことがきっかけで習得しました。

母親は「さ SA」のように色鉛筆を使い見やすい変換表を作ってくれました。

(母親が踏み出すきっかけを与えてくれたと思います。きっと同時に母親も、こどもからいちいち聞いたことを自分が文字に起こすのが面倒くさくて自分でやってほしいと思ったのだと思います。)

 

小さい子がローマ字表記をすることができるのは一般的なことではないので、大人に見せると「すごい!」といってその瞬間自分だけに注目してくれました。この、他者を差し置いて1対1で自分に時間を割いてもらい、更に評価して認めてもらえる… 知識も多く体も大きい「すごい」大人を今この瞬間独り占めしている、そんな感覚は、どんなこどもにとっても少なくとも嬉しいものです。優劣でいうと、弱肉強食感の強いこども社会で普段周りからは自己主張をあまりしない為に「劣」と判断されている自分が、間違いなく「優」である瞬間になります。生き残りが掛かってくる幼少時代、生物である限りこどもにとってはとてもかけがえのない、とても嬉しい瞬間です。

さらには、普段の口頭で意思疎通をする生活であれば、子供は「おれが」「ぼくが」「わたしが」と、皆んな大人に構って欲しくて勢いを持って話しかけにいきます。私は他者と戦うことに気乗りせず、結局言いたいことも言えなかったり、言っても勢いがなくて聞かれていなかったりようなこともある子でした。ローマ字表記をして注目してもらい、じっくり1対1で耳を傾けて貰えるその瞬間はきっと自分にとって貴重なものだったと思います。

昔から勢いや体が弱かった自分が生き残っていく為に元々備わっていた本能/能力なのか、そのように周りの子の方が強いような環境にて生きていく為に必要だと編み出して育まれていったものなのか、どの要素が強いのかはわかりません。

 

私はあまり考えていることは表に出さない、出したくないような性格でしたが、そのようにして出さなくとも評価されるたびに心の中で自信にしていきました。

また1対1で「特別に」扱ってもらえる瞬間は、自分がなりたい「お姫様」のような感じに浸ることができ、それは余裕がある温和で優しい性格の側面を育んだのだとも思います。

そして、このような経験が、自分が能力や技術で秀でることで生存競争に勝っていく;「優」であり続けたいという願望、だからこその学ぶ意欲を駆り立てていったのだと思います。

 

  

弟とは独自の文字を使い、年上とはローマ字を使う。このように、自分の情報を安全に守る為に他人に見られないような表記する、つまり暗号化するという言語の特性を利用したきたことは、知らず知らずのうちに私の言語力を高める要素になってきたのかもしれません。

この時から他言語を早く話せるようになりたい、特定の人たちとだけコミュニケーションを取ることができる技術を早く身につけたい!という願望を強く持っていました。

 

中学に入るときには他言語、待ちに待った英語の授業が始まった訳ですが、英語というとみんな必修。これでは言語の特性は薄れてしまいます。

そこで私はまずドイツ語をメインに、友達の趣味であったのだめの影響でフランス語、マンドリンの影響でイタリア語を始めたのでした。

自己紹介:趣味② 語学

何カ国語マスター?目標は永遠に伸び続けます…

 

私の趣味2つ目は語学です。

どうして私はこんなにも文字、言語、語学に執着しているのでしょうか…

生きてきた過程での環境が影響したことはもちろんですが、もしかすると私の聴覚・視覚の機能とも関係しているのかもしれません。

少しかじったものも含めて、今取り組んでいる言語を紹介していきます。

 

・日本語

・英語

・ドイツ語

・フランス語

・韓国語

・中国語

スペイン語

・イタリア語

・ロシア語

 

 

「どうしてこんなに?!」

いつの間にか、こんなに増えていました。(笑)

 きっかけはまた後々お話します^^ 

 

 私の言語力が伸びた理由は…?

私の言語力が伸びたことには様々な背景が重なったとは思うのですが、考察したエピソードを幾つか紹介します。

(それぞれとても長いので、見たいと思う方だけご覧になってくださいね!笑)

 「なぜ私の言語力が伸びたのか」考察…背景① - Rosaの旅路

「なぜ私の言語力が伸びたのか」考察…背景② - Rosaの旅路

 

 

今後はどのように語学を進めるの…? 

「全部喋られるの?!」と言われると決してそうではなく、実は英語についてもまだまだ勉強段階なのです。それぞれの言語を文化などの背景を理解しながら少しずつ勉強していこうと考えています。

目標として自分では8言語を生きているうちにマスターすることを掲げています!

ですが今後の人生における新たな出会いが、新たしい言語を学ぶ意欲をまた掻き立てていくことでしょう…追求は止まりません!(笑)

 

 

以上、趣味② 語学についてでした。

自己紹介:趣味① 芸術〜クラシック音楽

音楽なしでは生きていけない!

 

私の趣味の1つ、芸術…音楽について紹介します。

 

音楽といっても分野はたくさんありますが、

私が自分の一部である、と思うほど大好きなのはクラシック音楽です。

 

 

見たり聴いたりはもちろんですが、以下のものを実際弾くのはもっと好きです。

 

マンドリンイタリアの可愛らしい弦楽器

(自分のものには名前を付けて大変可愛がっています。笑)

ピアノ:最近はショパンばかり弾いています

指揮:中高時代にギターマンドリン部で1年半ほどしていました。

 

*「マンドリン」についてはより多くの人により知ってもらいたいんです…が!

よく間違えられる「マンダリン」はオレンジですので気をつけて覚えてくださいね!(笑)

 

詳しくはまた後日紹介しましょう…♫

 

 

クラシックというと、

「少し堅苦しい雰囲気がする」「どれも同じ感じに聞こえる」等

演奏しない人には特に敬遠しがちなものがあるかもしれません。

ですが、クラシック音楽は繰り返し聴けば聴くほど味が出てきて好きになるもので、自分の気持ちと一体化しては落ち着くんです…^^

またおすすめ載せるので聴いてみてくださいね!

 

 

少なくとも私は、音楽は言語、またそれ以上に魂に語りかけることができる媒体だと思っています。

これからも様々な音楽と出会い、それらを通して世界を理解して楽しみたいと思います。

 

 

 

初めまして! 〜自己紹介〜

 自己紹介

 

こんにちは!

この度ブログデビューを果たしたRosaです。

日々の出来事・趣味・旅行などを中心に、日記感覚の長くお付き合いできるようなブログにしていけたらな、と思います。

 

今日は第一弾ということで…

 

①なぜブログを始めたのか

②簡単な自己紹介

 

についてです。

 

 

①なぜブログを始めたのか

これまではInstagram等のSNSに日々のことや「美しい!」と思ったものを投稿していたのですが、

 

・もっとたくさん写真や文章を載せたい!!(特に旅行記)

・趣味の範囲が広過ぎて、投稿の系統を統一して管理することが難しくなってきた…

・アウトプットを今以外の新しい方法ですることで新たな自分を発見したい!

 

等々の理由があり考えた結果、SNSと併用してブログを始める次第となりました。

書きたいことがたくさんあるのでとても楽しみです!

 

 

②簡単な自己紹介

軽くまとめると…

 

・Rosa

大阪府出身

・1998年3月生まれ

・W大学国際教養学部 1年生

・多趣味(芸術系・スポーツ・生物系・旅行…)

共感覚

 

気になる点は色々あるかもしれませんが…(笑)

また追々詳しく書いていこうと思います。

 

  

今回ようやくブログを始められてとても嬉しいです。

広範囲のことを浅め〜深めまで書く予定なので、読者の方にはそれぞれの興味の範囲をつまみ食いするような感覚で読んでもらえたらと思います。

これからどうぞ宜しくお願いします。^^