Rosaの旅路

アウトサイドもインサイドも。多趣味な19の私が綴る、日常・思ったこと・体験・旅行等の日記です。

「なぜ私の言語力が伸びたのか」考察…背景①

言語が持つ性質を幼少より日常で活かしていた!

 

私は小さい頃弟とたまに交換日記をしていたのですが、それを親に見つけられて読まれては「こどもだなぁ、可愛らしい」「こんなことを考えているのか」などと、直接言われなくても大人に「見下される」ことがどうしても嫌でした。

 

そこで私は日本語の単語や助詞を、別の平仮名(単語)に変換して作る新しい言語「りし語」を作成しようと思い、創り始めました。

 

(言語を自作することについて、きちんと自分がこのことを記憶するまでに仕上げたのはこのりし語が初めてでした。)

(もちろんそんなおままごとには弟は長く付き合ってくれず、また私も途中で投げ出してしまったのですが…)

(そしてそれを書いた表も何処かに行ってしまい覚えてもいません)

 

しかしながらその後、平仮名だと変換パターンを掴まれて読まれるかもしれないことに危機感を持つようになったため、今度は独自の文字を作る試みを何度かしました。

①速記文字のように、平仮名や頻繁に使う単語を対応させたような線や点を組み合わせたもの

象形文字的なものに敢えて全く関係のない意味を持たせて(例えば、団子の形をした文字に「掃除する」という意味を持たせる)決して解読できないようにしたようなもの

これら2パターンを併せて使う言語にしました。しかし途中で再び投げ出したので完成することはありませんでした。

(やりたいことがたくさんありすぎて、そのアイデアを忘れる前に少し形に残しては次のものに移ってしまう癖が今でもあります…興味の範囲と深さに対して記憶や時間の面で容量・要領不足なのです!笑)

 

小学校高学年になった際には、独自の文字を完成させるまでの時間と根気がなくなったため、効率よく既存の文字を使おうと、図書館に立ち寄ったときに見つけたネパール語の本を借りてテーヴァナーガリー文字で表記するようにしました。

何故この文字を選んだかというと、例えばハングルだと隣国の文字である為読める人が日本には多くパターンを掴まれやすいと判断したからです。アラビア文字でも良かったのですが、繋げ方による書き方の違いを合わせるとたくさんの数の文字を結局覚えなければならないこと等を考慮し、ある程度メジャーでありながら形がシンプルでマイナーなこの文字を選びました。(もちろん弟は解読さえ面倒くさくてしてくれませんが…笑)

 

このように、大人を遮断して姉弟間のみでコミュニケーションを取る為に行ってきた行動が言語を習得していく過程に繋がったことは間違いないと思います。

 

もう1つ、ただ大人を遮断するだけでなく、逆に同世代または年下を遮断して大人とコミュニケーションを取る為に行ってきた行動もありました。アルファベットを使ってローマ字表記をすることです。このことは、大人と自分の結びつきや、学びへの意欲、自分の自信等多くのことにも繋がっていったと思います。

 

ローマ字表記については幼稚園の時、祖母と母がパソコンのメールでやり取りするのが羨ましく憧れであったため、自分でメールを打ちたいと思ったことがきっかけで習得しました。

母親は「さ SA」のように色鉛筆を使い見やすい変換表を作ってくれました。

(母親が踏み出すきっかけを与えてくれたと思います。きっと同時に母親も、こどもからいちいち聞いたことを自分が文字に起こすのが面倒くさくて自分でやってほしいと思ったのだと思います。)

 

小さい子がローマ字表記をすることができるのは一般的なことではないので、大人に見せると「すごい!」といってその瞬間自分だけに注目してくれました。この、他者を差し置いて1対1で自分に時間を割いてもらい、更に評価して認めてもらえる… 知識も多く体も大きい「すごい」大人を今この瞬間独り占めしている、そんな感覚は、どんなこどもにとっても少なくとも嬉しいものです。優劣でいうと、弱肉強食感の強いこども社会で普段周りからは自己主張をあまりしない為に「劣」と判断されている自分が、間違いなく「優」である瞬間になります。生き残りが掛かってくる幼少時代、生物である限りこどもにとってはとてもかけがえのない、とても嬉しい瞬間です。

さらには、普段の口頭で意思疎通をする生活であれば、子供は「おれが」「ぼくが」「わたしが」と、皆んな大人に構って欲しくて勢いを持って話しかけにいきます。私は他者と戦うことに気乗りせず、結局言いたいことも言えなかったり、言っても勢いがなくて聞かれていなかったりようなこともある子でした。ローマ字表記をして注目してもらい、じっくり1対1で耳を傾けて貰えるその瞬間はきっと自分にとって貴重なものだったと思います。

昔から勢いや体が弱かった自分が生き残っていく為に元々備わっていた本能/能力なのか、そのように周りの子の方が強いような環境にて生きていく為に必要だと編み出して育まれていったものなのか、どの要素が強いのかはわかりません。

 

私はあまり考えていることは表に出さない、出したくないような性格でしたが、そのようにして出さなくとも評価されるたびに心の中で自信にしていきました。

また1対1で「特別に」扱ってもらえる瞬間は、自分がなりたい「お姫様」のような感じに浸ることができ、それは余裕がある温和で優しい性格の側面を育んだのだとも思います。

そして、このような経験が、自分が能力や技術で秀でることで生存競争に勝っていく;「優」であり続けたいという願望、だからこその学ぶ意欲を駆り立てていったのだと思います。

 

  

弟とは独自の文字を使い、年上とはローマ字を使う。このように、自分の情報を安全に守る為に他人に見られないような表記する、つまり暗号化するという言語の特性を利用したきたことは、知らず知らずのうちに私の言語力を高める要素になってきたのかもしれません。

この時から他言語を早く話せるようになりたい、特定の人たちとだけコミュニケーションを取ることができる技術を早く身につけたい!という願望を強く持っていました。

 

中学に入るときには他言語、待ちに待った英語の授業が始まった訳ですが、英語というとみんな必修。これでは言語の特性は薄れてしまいます。

そこで私はまずドイツ語をメインに、友達の趣味であったのだめの影響でフランス語、マンドリンの影響でイタリア語を始めたのでした。