Rosaの旅路

アウトサイドもインサイドも。多趣味な19の私が綴る、日常・思ったこと・体験・旅行等の日記です。

「なぜ私の言語力が伸びたのか」考察…背景②

大人の会話にはいりたい…!

 

会話面

家族でいるときは食事中に会話することが多かったのですが、いつも話しているのは知識の無いこどもにとって聞いても内容のわからない難しい話です。

両親は多分、仕事のこと、人間関係のこと、テレビのニュースでやるようなこと等、自分たちの難しい話をしていたので私は入る隙もありませんでした。

つまり悔しさたっぷりの子供目線でいうと、自分は実の親に言語という武器で遮断されていました。

ですが私も立派な家族の一員で、同じ人間であるのですから、同じだけの時間をもらって発言の場に立つ権利はあると考えていました。

アニメのアンパンマンでは、あの犬のチーズでさえ無視されず「ワンワン」と毎回時間をもらって言わせてもらい、聞いてもらえるような人権…犬権があるのですから、自分も発言したときには必ず真剣に聞いてもらいたかったのです。

他人の言葉を遮って喋るなんて御法度だ、どうしてうちの家族はアンパンマンを見習って1人ずつ話すような家庭でないのか!と文句したこともあります。

もちろんその時に語彙力はないので、

「なぁなぁ聞いて!なんかさー、アンパンマンみたいにさー、一人一人がさー、喋った方がいいで、なんかさー、いややねん、お父さんが喋って、お母さんが喋ってたらさ、話長いしさ、Rosa入られへんし、みんなで言ったら聞こえへんからさー、お話みたいに一人終わったら待ってからさ、喋ろうよー」のようにしか言えてなかったと思います。

 

聞いてもらえない理由はもちろん自分でもわかっていました。

大人にとって私が話すことは所詮「こどもっぽく」て「影響力も無い」「どうでもいい」そんなものだったのです。

「なぁなぁ聞いて!」と言っても、それで上手く話さなかったり内容が「しょうもなかったり」話が長かったりすると大人は無視して大人の会話を始めてしまうのです。聞いてとねだっても「後でな」「うるさい」「あんたの話長いししょうもないねん」とストレートに言われることもありました。(関西人はお話に厳しいのです。笑)耳を傾けてもらえるほどの表現をすることができなかったことがもどかしかったですね…

 

 

文字面

自分を遮断し続けるもの、それは漢字。平仮名・カタカナは母親が幼稚園の入園前に教えたことで自分で読めるようになりましたが、やはり漢字は複雑で大人が使うものであったため、憧れもありました。

 

昔から私はものを読んだり書いたりするのが好きで、幼稚園の頃、特に年少の時、毎日長文のお手紙を書いては先生や友達に渡していました。

年少の時ある先生に渡した手紙では、途中まで普通の文章を書き、便せんの半分以下は「かんじ→◎▽×&*…」のようにして、複雑で漢字っぽく見える「ぐちゃぐちゃ」文字をたくさん書き連ねたことを今でも覚えています。

その時の便せんは便器によくあるような色味の水色だったと思います…そして書いた後には「かんじかけるのすごいね!」と先生に褒められることを期待する自分と、どこか客観的で当時の自分をも「しょうもない」と軽蔑するような目線の自分(「未来の自分」という様に言うこともできるのかもしれません)などの複数の視点から自分の行いを見ていて、複雑な感情に陥ったりしていました。なぜか昔のことを今もよく記憶していますし、思い出すと当時と同じような感覚に浸ることができます。

このような例が残るように、当時から漢字への憧れは強かったのです。

 

ですが漢字は幼稚園の間もずっと誰も教えてくれず、読めないもどかしさを味わい続けました。

そんな時、年長の真ん中くらいにさしかかると「入口」「出口」「上」「下」など、自分の名前以外にも漢字を書ける子が出てきました。お絵描きの時間、駐車場の絵を書いていたK君が自分の絵の中にそのような漢字を入れており、より現実味が増した描写ができていました。私は雷に打たれたような気分になり、漢字を習得したいと言う思いを一気に駆り立てられました。

「早よ漢字全部読めるようになりたい。いちいち漢字見て大人に『あれってなんて書いてるん?』なんてきかんで済むし、周りの子にもすごいって言われる。」

 

その日から少なくとも数日間は、食後に父親の膝に乗っては「知ってる漢字全部書いて!教えて!」と新聞紙の余白に毎日10個くらい書いてもらいました。

(だからといってその時に全部カンペキに覚える訳ではないのです…見て、ふ〜ん!といって自分の目に一度触れさせておくことが大切だったのです。笑)

 

 

 

まとめ

 

「大人の話ができるようになったら無視されへん」

「私を遮断し続ける、あの難しい文字、漢字がわかったらその輪の中に入れる」

「そうしたら小さい子がそんなんできるって、なめやんと自分に興味持ってくれる」

 

自分の中でそのような思いが積もった結果、学習意欲が出て、習得をしていくことになりました。

大人の人たちになめられたくない、早く大人になりたいと思ったことと、大人から得る知識や情報が新鮮だからもっと色んなことを知りたいという意欲が増した結果だと思います。

 

このことは後々からようやく学び始める小学校での漢字の学習に於いて大きな成果を見せました。その時から書き順も絶対に正しく覚えることを心がけて1つ1つ取り組んだので、その小学校の時期に習った漢字については今でも細かいところまできっちり覚えられているのではないかと思います。